情報化社会とマスコミ

最近テレビをすっかり見ない生活になった。
もともとテレビ好きというわけではないのだけれども。
テレビ離れは今や僕個人に限ったことではなく世の中の流れでもあり、
その理由は2つあると思う。

1つ目はインターネットの普及により、娯楽のひとつであったテレビから
ネットへ関心がシフト。それによるスポンサー離れにより、
テレビ番組のクオリティの劣化によるもの。
2つ目はマスコミによる偏向報道がネットにおけるニュースとの差に
気付ける環境が形成されつつあり、マスコミ報道の信頼低下によるもの。
これは新聞においても同等の事が言えると思う。
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最近?だと、大江健三郎氏の原発反対運動は規模的に大きかっただけに
偏向報道の一環としてスルー…は出来なかったようだけど、
各地で行われている反原発デモやフジテレビへの韓国番組に関する抗議デモ。
マスコミで取り上げられなかったと記憶している。
そうマスコミやそれらが指示する団体に不都合な情報は国民に流さない。
10年以上前までは少なくとも僕たちは、そのような術に気付けずして、マスコミに
踊らされていた事に気付く。

そして、あまりにも身近な生活にもその影響は及ぶ。
最近、特に感じるのが男性の弱体化。草食男子やらイクメンたる言葉…
ここに意味するものはなんなんだろう?
あえて定義する意味もないこれらの言葉は未だ男性より深刻なテレビ離れが
進んでいない女性をターゲットとして、女性に都合のよい番組を報道し
視聴率を獲得したいと願うマスコミの戦略?が伺える。

やや女尊男卑の風潮がみられていないだろうか?
僕自身、スペシャルではないものの、家事もするし育児もする。
そもそも、育児においての子供への視点は男性と女性では異なるもの。
お互いに男性として、女性として生まれながらに持った本能的な役割があると
思っている。本来この部分は、お互い尊重しあって補い合い支え合って
いくべきではないのだろうか?と僕は思う。

相変わらずの偏向報道…マスコミは吐き出すだけ吐き出して後始末はしない。
そういうものだ…と言うのなら、各マスコミはもっと色をだして
それぞれ局の「らしさ」を打ち出してもいいのではないのだろうか?
10年後の生活の中におけるテレビの在り方は今とは異なる可能性は
大いにある。情報で溢れかえっているこの世の中で僕たちは少しずつ
情報との付き合い方を学んでいっている。
マスコミはそろそろ準備してはどうだろう?情報化社会との共存の道を。
視聴者は受動的ではなく能動的になっていくのだから。

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